生命の言葉

二宮尊徳
山々の 露あつまりし
谷川の ながれ尽きせぬ
おとぞ楽しき
常陸国青木村に出張のころ、筑波山を読んだ歌。筑波山は大鳥居の額に「天地開闢(てんちかいびゃく)筑波神社」とあり山上に二嶺あり、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)鎖座の方を男体山(なんたいさん)といい、伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀れる方を女体山(にょたいさん)という。この二嶺の間より流れ落ちるのを美那(みな)の川といい、この二嶺を山々と読んだ。
人の道は伊邪那岐伊邪那美の二神より始まって今日の我々まで絶えることなく続き、皆その末であればそれを谷川にたとえ、その流れが尽きることなく繁栄していくことは、この上なく楽しく嬉しいことである。そうであれば、皇祖天神(こうそてんじん)は我々の大祖神であられるから仰ぎ尊ばないではいられない。
二宮尊徳
幕末の農政家・思想家。天明七年七月、相模国足柄上郡(あしがらかみぐん)栢山村(かやまむら)(現、小田原市)の農家に生まれた。名は金次郎、尊徳は幕府登用後の諱(いみな)。洪水と父母の早世で極貧の苦難を味わうが、二四歳で一家を再興、三六歳で藩主大久保忠真(ただざね)に挙用され、小田原藩分家の知行所(ちぎょうしょ)である下野国桜町領(さくらまちりょう)(現、栃木県二宮町)の復興を命ぜられて苦心一〇年これを達成。その評判が広まり六〇〇以上の大名旗本家の財政再建及び、農村の復興事業に携わる。「勤倹(きんけん)・分度(ぶんど)・推譲(すいじょう)」の思想を唱えた。
今月の祝日
【スポーツの日(十二日)】
昭和三十九年十月十日東京オリンピック開催を記念した「体育の日」の名称が改められました。
スポーツに親しみ、健康な心と身体をつくることに心がけましょう。