台東区
吉原神社
吉原観音像
吉原神社から徒歩一分の場所に飛び地境内末社として吉原弁財天本宮(もとみや)が鎮座しており、その社の傍らに吉原観音像がある。
大正12年(1923)に発生した関東大震災において、境内に避難していた多くの人々が火災の渦に巻き込まれて焼死し、また境内にある弁天池に飛び込んだ人も溺死するなどして約五百名の尊い命が失われた。
翌年の9月1日、弁天池にて犠牲者を弔う法要が営まれ、さらに大正15年6月に池のほとりに慰霊のための観音像が建立された。台座には大震火災殃死者追悼記念碑と刻まれている。
以来、毎年9月1日に神職、町会関係者が参列して慰霊法要が執り行われ、今日も日々の祈りが変わらず捧げられている。
大正12年(1923)に発生した関東大震災において、境内に避難していた多くの人々が火災の渦に巻き込まれて焼死し、また境内にある弁天池に飛び込んだ人も溺死するなどして約五百名の尊い命が失われた。
翌年の9月1日、弁天池にて犠牲者を弔う法要が営まれ、さらに大正15年6月に池のほとりに慰霊のための観音像が建立された。台座には大震火災殃死者追悼記念碑と刻まれている。
以来、毎年9月1日に神職、町会関係者が参列して慰霊法要が執り行われ、今日も日々の祈りが変わらず捧げられている。
吉原神社について

吉原神社は、かつての吉原遊廓にお祀りされていた5つの稲荷社(九郎助稲荷・吉徳稲荷・榎本稲荷・明石稲荷・開運稲荷)が明治14年に合祀され、総称として現社名となる。関東大震災、昭和20年の東京大空襲と2度の被災を経て、昭和43年に現社殿が造営され現在に至る。吉原弁財天は昭和9年に現在の地に遷座した際に合祀されたが、観音像は元来の鎮座地である本宮(もとみや)の境内地にある。
【観音像鎮座地】東京都台東区千束3-22-3
(令和7年8月寄稿)
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