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令和三年「生命の言葉」
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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
『大学』
富は屋(おく)を潤(うるほ)し
徳(とく)は身(み)を潤す
豊かな財産があればその家の姿を立派にするが
豊かな徳はおのずからその人の身を立派にする
『大学』 (だいがく)
儒学で尊重される書物の一つ。
五経の「易経」「詩経」「書経」「春秋」「礼記」のうち「礼記」の一遍であったが、朱子により「中庸」「論語」「孟子」「大学」の四書となる。二宮尊徳の石像が読んでいる本が「大学」である。二宮尊徳はこの書を読み深めて、各地の農村復興に取り組み報徳思想を唱えた。
神道知識の誘(いざな)ひ
お焚き上げ
お神札・お守は受けた神社へ感謝の気持ちを込めたお参りをして納めます。お参りは願う時だけでなく必ずお礼参りを致しましょう。
お焚き上げとはお神札とお守に対し神職が感謝の誠を捧げ、忌火を以て焼上げ、天上に立ち上る煙の如く御神霊が元のお社にお戻りになることを祈る神事です。
近年特に都内では境内でお焚き上げが出来ない神社も増えています。神社で受けていないものは、紙などで包み可燃物としてお出しください。
今月の祭日
【大正天皇例祭(二十五日)】
宮中三殿のうち皇霊殿でお祭りが行われ、天皇皇后両陛下をはじめ皇族方の拝礼があります。
多摩陵においてもお祭りが行われます。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
府中市
上染屋(かみそめや)八幡神社
国指定 重要文化財(彫刻)
銅造阿弥陀如来立像
 鎌倉時代の弘長元年(1261)、上野国八幡庄にて造立された善光寺式の阿弥陀像である。
 鎌倉時代末の元弘3年(1333)、南朝の忠臣・新田義貞公が鎌倉攻めに際して陣中守護のため奉戴したと伝わる。以来南朝守護の神像として奉安され続けたが、承応2年(1653)に玉川洪水のため染屋(現在の白糸台周辺)に移される。
 明治初期に一時行方不明となり、めぐりめぐって徳川宗家第十六代の徳川家達(いえさと)公爵の所蔵となった。しかし、徳川公爵の夢枕に「染屋に戻して」と立ったことから、再び染屋の地に安置された。
 昭和8年から上染屋八幡神社飛び地境内地の宝物殿内に奉安されている。宝物殿は「染屋不動尊」の上染屋不動堂本堂と隣接する。別造された台座と共に細部まで丁寧に造られており、鋳造の状態も極めて良いとされる。通常は公開されていない。府中市郷土の森博物館が複製を所蔵している。国指定 重要文化財(彫刻)
上染屋(かみそめや)八幡神社について
 鎮座の起源は鎌倉時代末とされ、上野国碓氷郡八幡より、武蔵国府に遷座したと伝えられる。南北朝時代の正平11年(1356)、武蔵守新田義宗が社殿を再建。承応2年(1653)8月の玉川洪水にて社地が流失したため、現在地へ遷座鎮祭した。明治8年(1875)2月村社に列せられる。昭和15年(1940)に覆殿を新築した。
【鎮座地】東京都府中市白糸台1-42-5(神社鎮座地)/東京都府中市白糸台1-11(飛び地境内宝物殿)
(令和2年11月寄稿)
  • 品川区
    品川神社【北の天王社】
    天下一嘗の面 (国常立尊面・赤面(あかめん)さま)
     慶長5年(1600)、徳川家康公が関ヶ原の戦いに出陣の際に戦勝を祈願され、合戦の後、勝利の御礼としてこの面を奉納された。もとは舞楽の演目の「二の舞」に用いられる面で、室町時代中期に作られたとみられる。江戸時代中頃の疫病が流行した…
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  • 練馬区
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