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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
詠み人しらず
水無月(みなづき)の 夏越(なごし)の祓(はらへ)
する人は 千年(ちとせ)のいのち
延(の)ぶといふなり
半年間を過ごす日々で
知らず識らずのうちに内(心)と外(身)に
降り積もる罪(つみ)・穢(けがれ)を祓清め
心身を清浄な形に戻すことで
暑い夏も健康に過ごし
長命を得られると考えられています
神道知識の誘(いざな)ひ
夏越大祓(なごしのおおはらへ)・茅(ち)の輪(わ)神事
多くの神社では六月と十二月の晦日(みそか)に、半年間の罪・穢れを祓清める「大祓」が行なわれますが、特に六月の大祓は「夏越大祓」とも言われ、暑い夏を乗り切れるよう無病息災を祈り、神社によっては茅の輪をくぐる神事が行われます。この茅の輪とは『備後国風土記(びんごのくにふどき)』の中で、武塔神(むとうしん)という神が旅の途中、裕福な巨旦将来(こたんしょうらい)と貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)に一夜の宿を求めると裕福な巨旦将来は断り、貧しい蘇民将来は快くもてなしました。
武塔神はもてなしに報いて、「われ素戔嗚命(すさのをのみこと)なり。疫病が流行ったら蘇民将来の子孫は腰に茅の輪をつけなさい」と教え、疫病が流行ったとき腰に茅の輪をつけている蘇民将来の子孫は難を逃れたという神話から由来します。現在では大きな茅の輪をくぐり、罪・穢れを祓い無病息災を祈るようになりました。地域によっては小さな茅の輪を玄関にかけ、あるいは「蘇民将来の子孫」と書かれた札を入口に掲げる所もあるようです。
皆様も大祓を行い次の半年間を清々しく新たな気持ちでお迎え下さい。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
檜原村
大嶽神社
大嶽(おおだけ)神社の民話に伝わる
鬼源兵衛の大石
 源兵衛は深く大嶽神社を信仰し、自分の力試しにと500貫もある大石を担ぎ上げて大嶽神社に奉納した。この石は女子供でも押せば動くので「鬼源兵衛のゆるぎ石」と呼ばれている。
 鬼源兵衛は玉川上水通水工事に怪力の持ち主として白羽の矢が立ち、檜原村を代表して一人で出向き、大きな河原石を手玉に取ってブンブン投げ飛ばしたので、役人はもとより人足たちもあっけに取られ見入るばかりであったと言い伝えられている。
 なお、対岸の草花八雲神社にも200貫からある大石を担いで行き奉納し、現在も「鬼源兵衛の力石」と呼ばれ残っている。
大嶽神社について
 景行天皇41年(111)、日本武尊東征時に創建。のち聖武天皇の天平19年(747)大和吉野山より広国押武金日尊を勧請合祀し、大嶽金峰蔵王権現と称した。西多摩地域では古社として知られている。
【鎮座地】東京都西多摩郡檜原村8189
(令和元年6月寄稿)
  • 品川区
    旗岡八幡神社
    猿駒止の絵馬
     この絵馬は元治元年(1864)中延村の野村吉治郎翁により奉納されたもの。今にも額からぬけ出るような馬の迫力と、小さな体で一所懸命手綱を引く猿の姿が生き生きと描かれており、その構図は当神社に崇敬の念の篤かった十四代将軍徳川家茂公の…
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    根津神社
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     社殿の奥に納められている本殿は間口が106センチ、棟高253センチ、一間社流れ見世棚造です。屋根は板葺で、厚板を二枚重ねに葺いた錣葺(しころぶき)という多摩地域では珍しいものです。記録等は残っていませんが、様式から江戸時代初期(…
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