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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
昭和天皇
さしのぼる 朝日の光
へだてなく 世を照らさむぞ
我がねがひなる
昭和天皇
第百二十四代天皇
【ご誕生】
明治三十四年四月二十九日
【ご称号】
迪宮(みちのみや)
【お印】
若竹(わかたけ)
【ご陵所】
武蔵野陵
賢所-神々のおわす宮中三殿
皇居の森の奥、鬱蒼と木々茂る敷地のほぼ中ほどに、特別な場所があります。
皇室の皇祖神であります、天照大御神の御霊代として御神鏡を御祭りします「賢所(かしこどころ)」、歴代天皇・皇后・皇族の御霊を御祭りします「皇霊殿(こうれいでん)」、天神地祇(てんしんちぎ)を御祭りします「神殿(しんでん)」があります。この三殿を宮中三殿と言います。
※御霊代…魂のしるしとしてまつるもの。御神体。「みたましろ」ともいう
※賢所…「けんしょ」ともいう
※天神地祇…天つ神と国つ神のこと
神道知識の誘(いざな)ひ
大日本根子(おおやまとねこ)
第一代神武(じんむ)天皇は、大和の橿原宮(かしはらぐう)において即位され、鳥見山(とみやま)に祭壇をつくって皇祖神(こうそしん)・天神をおまつりし、国の平安や民の安寧を祈られました。
歴代天皇に連綿と受け継がれたその大御心(おおみこころ)は、「国やすかれ、民やすかれ」と詠(よ)まれた御歴代の御製のお言葉そのままに拝承が叶います。
歴代天皇の御敬神と御祭事最優先の御事は、古典によっても伺えるところで、第八十四代順徳天皇の御著『禁秘御抄』の冒頭に「およそ禁中の作法、先づ神事、後に他事とす」と述べられていることからも拝察できます。
更には古く、『日本書紀』等には「大日本根子(おおやまとねこ)」という言葉が天皇のお名前に冠せられた記載が見られます。「根子」とは「神主」を意味する古語で、祭祀との結びつきは明らかです。現代でも使われる「政(まつりごと)」という言葉の語源は「祭事(まつりごと)」であり、祭祀こそが皇室の最も重要なお務めであるとされてきた永い歴史の重みを感じます。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
奥多摩町
白髭神社
都天然記念物
白髭の大岩
 当社の境内を画する石灰岩の絶壁は、断層面の大露顕である。高さは約30メートル、横幅約40メートルで、向かって右上から左下に走る擦痕が一面にみられる。断層の規模はあまり大きくないが、このように断層が大きく露出しているのは極めて稀であり、学術上重要である。古代はこの岩壁そのものが御神体(磐座)と見られていたものと思われる。大正15年に都の天然記念物に指定されている。(奥多摩町教育委員会資料参照)
白髭神社について
 創建年代不詳。江戸時代は自髭大明神と称し、明治2年に現社号に改めた。旧青梅街道の険しい山道沿いに鎮座し、8月には郷土芸能の獅子舞が奉納される。
【鎮座地】東京都奥多摩町境470
(平成30年6月寄稿)
  • 杉並区
    久我山稲荷神社
    「人心同」碑
     この石碑には、日本に亡命した朝鮮李王朝末期の政治家である金玉均が、小笠原で友好を結んだ、久我山出身の「小笠原の砂糖王」飯田作右衛門に頼まれて揮毫した漢文が刻まれている。  碑の上部に体は遠く離れていても心は同じという意味の「人…
  • 府中市
    熊野神社
    古墳
     この古墳は本殿後方にあり、下段二段が方形、上段一段が円形の上円下方墳である。全国的にも希少な形で、これまでに6例しか確認されていない。築造時期は石室の形態や出土遺物の特徴から7世紀中頃から後半と考えられている。上円下方墳としては…
  • 島嶼・大島
    大宮神社
    シイ樹叢
     当社を取り囲むように幹周90センチ以上の樹木が100本を超えて群生しています。最も多いのがスダジイで73本、順にイヌマキ、タブノキ、その他数はわずかですがスギ、クロマツなどで構成されています。中でもスダジイは、幹周3メートルを超…
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