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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
ルートヴィヒ・グットマン
失ったものを数えるな
残されたものを最大限に活かせ
ルートヴィヒ・グットマン
一八九九年~一九八〇年。ドイツの神経医学者。
傷痍軍人の身体的・精神的なリハビリテーションにスポーツが最適と考え、入院患者を対象に競技大会を始め、パラリンピックの創始者となった。言葉は傷痍軍人にかけられた言葉。
神道知識の誘(いざな)ひ
中今(なかいま)
『続日本紀(しょくにほんき)』の宣命に記され、のちに本居宣長(もとおりのりなが)が「今をいふ也(中略)盛(さか)りなる真ん中の世とほめたる心ばへ有て」と解釈をした「中今」という言葉があります。その後、国民の住みよき世を目指し、日本の近代化を進めた明治の御代を経て「中今」は「現在とは過去と未来を結ぶ中心点」を表す言葉として、そして天地が窮まり無く永続であるという日本古来の時間観と重なり、「今を生きる心得」として捉えられ用いられるようになりました。その「中今」の心得とは、「今」とは過去と未来をつなぐ中心にあり、悠久なる歴史と自分自身との出会いの場である一刻一刻の「今」を力一杯生きて、生活をできうるかぎり価値あるものとし、未来を支えるための一端を担うことにあります。
地球環境の大きな変化に直面する私たちの「今」に照らし合わせますと、一人一人が与えられた「今」を最大限に活かし、自然を豊かなまま持続できるよう努め、「今」と変わらぬ実りを未来に渡す繋ぎ手として、「中今」を過ごすことが求められています。
今月の祭日
【秋季皇霊祭/しゅうきこうれいさい(秋分の日)】
宮中三殿のうち皇霊殿において、歴代天皇・皇族の御霊へのお祭りが行われます。
天皇皇后両陛下をはじめ皇族方の拝礼があります。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
新宿区
須賀神社【天王様】
区指定有形文化財
三十六歌仙繪
 三十六歌仙は、平安時代中期の公卿・藤原公任が、過去及び同時代の優れた歌人36名を選定したもので、万葉歌人から柿本人麿・山部赤人・大伴家持の3名が、平安時代前期の「古今和歌集」「後撰和歌集」等から紀貫之・在原業平・小野小町ら33名が選ばれている。
 須賀神社の三十六歌仙繪は、三十六歌仙を一人一枚の絵に仕立てたもので、縦55センチ、横37センチの絹地に彩色したものを額装して拝殿内に掲げている。
 天保7(1836)年に奉納されたもので、当時文人両家として高名だった四谷大番町(現在の大京町)の旗本・大岡雲峰(おおおかうんぽう)が絵を、和歌や書画で人気を博した公卿・千種有功(ちぐさありこと)が書を担当した。
 四谷の総鎮守として信仰を集めた須賀神社の隆盛を物語る文化財のひとつである。区指定有形文化財(区教育委員会掲示参照)
須賀神社【天王様】について
 江戸開府以前、四谷御門前にあったが、寛永11(1634)年、堀割(現在の外堀)普請の用地となったので、その替地として現地に遷座されたものである。地主神である稲荷社地へ、天王社(須賀人神)が勧請され、寛永21(1644)年より両社をもって四谷総鎮守とし、毎年盛大な祭礼が行なわれてきた。明治元年に須賀神社と改称された。
【鎮座地】東京都新宿区須賀町5番地
(令和元年9月寄稿)
  • 葛飾区
    冨士神社
    板絵着色 富士講図絵馬額
     この絵馬は、当時の「丸か講」(富士講)の「お焚き上げ」の行事を具象的に現しており、当時の富士信仰の様相を窺うことができる。左半面に富士塚、右半面に拝殿が描かれ、拝殿でお焚き上げの行事をする富士講の信者の姿が緑白色の雲形の中に浮か…
  • 八王子市
    子安神社
    子安神社の湧水
     この湧水は古くから「明神様の泉」として親しまれ、生活に利用されてきた。かつては池から流れ出た水が田を潤し、撚糸(ねんし)業を営む家ではこの水の流れを利用して水車を回していた。神社内の川戸と呼ばれる水場は、現在も農家が野菜を洗うな…
  • 檜原村
    大嶽神社
    大嶽(おおだけ)神社の民話に伝わる 鬼源兵衛の大石
     源兵衛は深く大嶽神社を信仰し、自分の力試しにと500貫もある大石を担ぎ上げて大嶽神社に奉納した。この石は女子供でも押せば動くので「鬼源兵衛のゆるぎ石」と呼ばれている。  鬼源兵衛は玉川上水通水工事に怪力の持ち主として白羽の矢が…
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