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令和六年「生命の言葉」
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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
中江藤樹
それ神道は 正直を以て体となし
敬愛を以て心となし
無事を以て行となす
神道の教えの
「正直」を実現するには
愛(包容・調和)と
敬(慎しみ)の精神のもと
誤ちの無いように
日々実行することである
中江藤樹 (なかえ とうじゅ)
江戸時代前期の儒学者。近江国の人で、その家塾を藤樹書院と称し実践的な神道を重んじた。その高潔な人柄から近江聖人と呼ばれた。藤樹がその独特な神道観を説き始めるのは三十一歳以降の事で最晩年にあたる。儒教の礼法は日本の神道祭儀と一致するという神儒合一論へと展開していき、著書『翁問答』の中で、これを「太虚(たいきょ)神道」と呼んでいる。藤樹の神道観は、弟子の渕岡山(ふちこうざん)により、特に会津地方に根付いていった。
神道知識の誘(いざな)ひ
茅(ちがや)の力
茅(ち)の輪に使う植物の事を茅(ちがや)と言います。イネ科チガヤ属の植物でススキ、アシ等を指します。「世界最強の雑草」と言われるほど生命力が強く、葉には抗菌作用があり笹の葉同様に食べ物の腐敗を防ぐ効果があります。
また古くから屋根の材料として利用され茅葺(かやぶ)き屋根は涼しく吸音性が高く過ごしやすい利点があると共に、葺き換えの際に良い部分を再利用でき、不要な茅は畑の有機肥料に転用できます。これは自然への畏れ・恵への感謝という神道に基づく日本人の暮らしの循環です。
茅の輪をくぐり祓い清め、清々しい心でお過ごしください。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
世田谷区
世田谷八幡宮
土俵
 同社の土俵は正面の鳥居をくぐり右手の弁天池から一段上に上がった高台にある。
 由緒によれば、平安時代の寛治5年(1091年)、源義家が奥州からの帰途、この世田谷の地にて豪雨に遭い、先に進めず天気快復を待つため10日余り滞在を余儀なくされた。義家は、「今回の戦勝は日頃、守り神として信仰していた八幡大神様のご加護」と感謝し、宇佐八幡宮のご分霊をお招き申し上げ、この地で勧請報賽のお祭りを執り行ったという。この際、兵士に奉祝相撲を取らせたと伝えられる。
 世田谷八幡宮の奉納相撲は江戸時代には江戸三相撲と呼ばれ、現在でも、9月の例祭の折に近隣の東京農大の相撲部員による奉納相撲が行われている。土俵を囲むように斜面には観客席が設けられ、神事によって厳粛に浄められた土俵で繰り広げられる力士達の熱戦に、詰め掛けた大勢の観客からは盛んに声援や拍手が送られる。
世田谷八幡宮について
 ご創建は源義家公の勧請とされる。また、神社旧蔵の棟札によれば、室町時代の天文15年(1546年)、世田谷城主・吉良頼康が社殿を修築造営し、その後、吉良家の祈願所とされ、神職も家老職に列なる大場氏が執り行ってきた。明治維新後の明治5年に郷社宇佐神社という社名となり、旧世田谷村および羽根木一帯が氏子地域と定められたが、終戦後の昭和27年、古い文献に基づき社名は元来の世田谷八幡宮に戻された。
【鎮座地】東京都世田谷区宮坂1-26-3
(令和5年6月寄稿)
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    狛犬
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