東京都神社庁は、東京都内にある1,398の神社を取りまとめている団体です
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令和四年「生命の言葉」
新着情報
令和4年7月1日
生命の言葉「令和四年七月」を掲載しました。
令和4年6月1日
ご社宝めぐりに「御嶽神社末社 一山神社・水行堂」(御嶽神社)を掲載しました。
令和4年6月1日
生命の言葉「令和四年六月」を掲載しました。
令和4年5月1日
ご社宝めぐりに「神祇伯 資訓王書神額」(町田天満宮)を掲載しました。
令和4年4月1日
ご社宝めぐりに「頭山満「國體明徴」石碑」(天沼八幡神社)を掲載しました。
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生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
令和四年七月
徳川光圀
苦は楽の種
楽は苦の種と知べし
徳川光圀
(とくがわ みつくに)
水戸藩二代藩主。徳川家康の孫。一般に水戸黄門として知られる。藩士に儒学を奨励し、彰考館を設け、紀伝体による日本の歴史書の編纂を開始し、水戸学の礎を築いた。神武天皇より御小松天皇までの百代の治世を記し、後に『大日本史』と呼ばれるその歴史書は約二五〇年後の明治三九年(一九〇六年)に完成した。
◎
神道知識の誘(いざな)ひ
御嶽山禊行(みたけさんみそぎぎょう)
神道では清き直き正しき心で神様の示す道、惟神(かんながら)の道を実践する「浄明正直」の心を大切にします。参拝時に行う手水や修祓は、神様の前に立つ前に清浄な姿に立ち戻る必要な準備と考えられています。神域で奉仕する神職においては、更なる祓いと清めが求められる為、禊行(みそぎぎょう)を行います。
禊行とは神代(かみよ)の昔に亡き妻伊弉冉尊(いざなみのみこと)を黄泉国(よみのくに)に訪ね、恐ろしい死の世界を覗いてしまった伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が阿波岐原(あはぎはら)でその穢(けがれ)を祓い流したという故事に習い、心身の浄化を目指し行う行法の一つです。
白鉢巻を巻き、男性は白褌(ふんどし)、女性は白衣にて沐浴して禊を行います。川や海に浸かる、自ら手桶で体に水を掛ける等様々な形がありますが代表的なものに滝で行われる禊が挙げられます。都内で神職の多くが禊を行うのが青梅市の綾広(あやひろ)の滝です。
古くから山岳信仰の対象とされてきた武州御岳山、頂上の武蔵御嶽神社より徒歩五十分程の山中にあり、落差は約十メートル、水温は真夏でも十五度程度と非常に冷たく、「修行の滝」とも呼ばれています。毎年七月には大勢の神職達が集まり、間違いのない神明奉仕の為にと、滝に打たれる禊行を行っています。
今月の祭日
【明治天皇例祭(三十日)】
宮中三殿のうち皇霊殿でお祭りが行われ、天皇皇后両陛下をはじめ皇族方がご拝礼なされます。
伏見桃山陵においてもお祭りが行われます。
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ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
大田区
御嶽神社
国登録有形文化財
御嶽
(おんたけ)
神社末社
一山
(いっさん)
神社・水行
(すいぎょう)
堂
本殿西隣の末社・一山神社は、御嶽神社中興の祖と称えられる一山行者(いっさんぎょうじゃ)(一山霊神(れいじん))などの御嶽信仰の行者・先達を霊神として奉祀し、殿内には、一山行者像(木像)を安置している。明治32年の建立で、国登録有形文化財。
一山行者(生年不詳、嘉永4年・1851没)は、木曽御嶽講四代講祖に数えられ、現在も各地にその系譜を継ぐ御嶽講が存在し、さいたま市にも一山神社が鎮座する。
各地の霊山を遍歴した一山行者は、木曽御嶽山にて修行中、神示を受け、当地に向かい、御嶽神社を活動拠点とし、関東一円に崇敬者を広めた。
境内には、御嶽行者が水垢離をするために慶応3年(1867)頃建立した水行堂があり、現在は禊場として使用されている。龍や亀の彫刻が施されており、こちらも国登録有形文化財となった。一山行者が水行をした井戸は、「杜の霊神水」として別個に整備されている。
御嶽神社について
天文4年(1535)創建といわれる。木曽御嶽山の神々を奉祀し、「嶺の御嶽山」と親しまれる。一山行者の活躍により、天保2年(1831)に現在の社殿を建立。「嶺の御嶽神社に三度参拝すれば、木曾御嶽山へ一回行ったのと同じ」と信仰されたという。境内奥には、御嶽信仰による36基の霊神碑がある。
【鎮座地】東京都大田区北嶺町37-20
(令和3年6月寄稿)
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町田市
町田天満宮
神祇伯 資訓王書神額
額の表面には「町田天満威徳天神」、裏面には「嘉永六年九月十三日/神祇伯資訓王謹書」とある。「天満威徳天神」は御祭神菅原道真公の神名の一つである。 揮毫者の神祇伯資訓王(すけのりおう)は、後に子爵となる白川資訓(1841〜19…
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杉並区
天沼八幡神社
頭山満「國體明徴」石碑
同社鳥居脇に建立されている石碑。中央に「國體明徴」、向かって左脇に「頭山満」と刻まれている。 この碑は昭和14年建立であるが、元になった「國體明徴」の扁額は、昭和初期、頭山が天沼のさる貴人宅を訪問した折、同社を参拝し揮毫した…
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東京都神社庁
初代庁長 香取茂世先生胸像
本胸像は、香取茂世初代庁長の喜寿をお祝いし、その功績を称えて有志の協賛を得て建立されたものである。昭和35年10月7日に除幕式がおこなわれ、昨年建立から60年の還暦を迎えた。彫刻家・堀進二氏の作。 江東区・香取神社の宮司であ…
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