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令和四年「生命の言葉」
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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
寬仁親王妃(ともひとしんのうひ) 信子殿下
実りある 日のくるために
ながさるる 汗は力と
なるを信ずる
― 令和三年歌会始 御題「実」
神道知識の誘(いざな)ひ
「神宮大麻(じんぐうたいま)150年」
伊勢神宮のお神札「天照皇大神宮」は「神宮大麻」とも呼ばれ、大麻とは「おおぬさ」とも読み、お祓いに用いる祭具を意味します。古くは伊勢の御師(おんし)と称される人々によって「御祓大麻(おはらいたいま)」として全国各地に配布されていました。全国に伊勢信仰が広がったのもこの伊勢神宮の門前町に住む御師の大きな功績が有ります。御師は様々な願い事を神様に取り次ぐことを職務とし、全国各地に赴いてはお神札の頒布と祈祷を行い、また伊勢の産物なども一緒に届けていました。人々がお伊勢参りに来た際には、自らの邸内に宿泊させて両宮の参拝案内をし御神楽を行いました。江戸時代には二千人あまりの御師が活躍しその館も外宮方面だけでも六百軒あったともいわれています。
また、この御祓大麻は日本全国の約九割の家庭にお祀りされていたという記録もあります。
御祓大麻に代わる今の神宮大麻「天照皇大神宮」のお神札は一五〇年前から伊勢神宮において節目ごとに様々な祭事を重ねて、皇室の弥栄、国家の安泰、各家庭の平安を祈りつつ一体一体丁重に奉製されています。
お正月を迎える前に新しい神宮大麻と共に地域をお守り下さる氏神様・鎮守様のお神札を一緒にお祀りして神様に日々の感謝と家庭の一年の無事と幸せを祈りましょう。
神様を敬い感謝を捧げることは親から子へ、子から孫へと受け継がれる日本人の美しい心です。
神宮大麻と氏神様のお神札をお祀りすることは、その心を継承することであり、神棚は神様と家庭とを結ぶ絆なのです。
今月の祝日
【スポーツの日(十日)】
昭和三十九年十月十日東京オリンピック開会式を記念した「体育の日」の名称が改められました。
スポーツに親しみ、健康な心と身体をつくることに心がけましょう。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
北区
七社(ななしゃ)神社
渋沢栄一翁揮毫の社号額
 「日本近代資本主義の父」と称えられる渋沢栄一翁は、明治12年、七社神社の氏子区域である西ヶ原村に別荘・飛鳥山邸を構え、明治34年にはその飛鳥山邸を本邸とし、同社の氏子となった。信仰心の篤い渋沢翁は、本殿、拝殿、社務所の各種造営事業にも尽力したという。
 そのような由縁から、同社拝殿には、渋沢翁が揮毫した社号額が現在も掲げられている。この額は、昭和3年の奉納で、令和元年に御遷座百五十年記念事業の一環として修繕された。
 同社には他にも、愛読書『論語』よりの一節を記した額、天照皇大神の御神号軸などの渋沢翁揮毫の宝物があり、大河ドラマの主人公、そして令和6年発行予定の新一万円札の肖像である渋沢翁とゆかり深い神社として注目を集めている。
七社(ななしゃ)神社について
 往古の創建であるが、寛政5年(1793)の火災により古文書類を焼失。翌年秋分に再建されたので、秋分を例祭日とする。江戸時代は、丹生七柱大神と称された。明治2年(1869)に一本杉神明宮(現・境内社の天祖神社)の社地に遷座した。明治26年に本殿、昭和3年に拝殿を改築。
【鎮座地】東京都北区西ヶ原2-11-1
(令和3年10月寄稿)
  • 墨田区
    秋葉神社
    石燈籠
     秋葉神社境内には、江戸時代の老中、寺社奉行、勘定奉行などの幕府要職を務めた大名・旗本らが寄進した石燈籠七基が現存し、そのうち六基が区登録有形文化財(歴史資料)になっている。  社殿造営にも携わった上州沼田城主・本多正永(ほんだ…
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