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神社と神道の知識
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都内神社を訪れる旅へ
神社参拝の作法をご説明する動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご覧ください。
生命の言葉
神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」
明治天皇
あらし吹く 世にも動くな
人ごころ いはほに根ざす
松のごとくに
国歌「君(きみ)が代(よ)」
「君が代」は歌詞が世界で最も短い国歌です。この歌詞の「さざれ石の巌(いはほ)となりて」を「岩音なりて」と勘違いをされている方がいますが、さざれ石(細石)や巌というものが日常の中で見当たらないため無理もありません。都内の神社でも設置されているところがありますので、ぜひ探してみてください。
さざれ石とは学名を「石灰質角礫石(せっかいしつかくれきがん)」と言い、長い時間をかけて石灰岩中の炭酸塩鉱物が雨水に溶け出し、それがコンクリート状になり多くの角礫を結合することで形成されます。
小さな石が集まって繋がって巨岩になるそれが「さざれ石の巌となりて」です。
君が代の歌詞の元となりましたのが古今和歌集の賀歌の巻頭にあります「我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」という和歌です。日本国の国歌には、細石が巨岩となり苔がむすほど、千年萬年と尽きることなく子々孫々と国の平安が続きますようにと祈る思いが込められています。
神道知識の誘(いざな)ひ
干支(えと)
干支とは、十干(じっかん)と十二支を組み合わせた六十周期の数詞のことで、十干十二支とも言います。
十干には、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)の十種類があり「え(兄姉)」と「と(弟妹)」が交互に訪れることが「えと」と呼ぶ所以と考えられています。
生まれて六十年経て干支の組み合わせが一巡し、生まれた干支に還ることを「還暦」と呼びお祝いをします。
干支は暦だけでなく長寿を皆で祝う指標でもあるのです。
今月の祭日
【元始祭(三日)】
天皇陛下御親ら皇位の始まりを祝うお祭り。全国の神社に於いても宮中に倣い、皇室の繁栄と国家平安を祈ります。

【昭和天皇例祭(七日)】
皇霊殿と武蔵野陵において、昭和天皇の御霊へのお祭りが行われます。
ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
千代田区
平河天満宮
区指定有形民俗文化財
撫牛
なでうし
 嘉永5年(1852)の菅原道真公の九百五十年祭にあたり、浄瑠璃(じょうるり)常磐津節(ときわづぶし)の岸沢右和左(きしざわうわさ)の麹町の門弟達によって奉納された石造物の一つである。鳥居を入り左側の平河稲荷神社参道の分岐点に置かれている石牛を指す。
 石牛を撫でると学芸が上達するという信仰のため、「撫牛」と呼ばれている。参拝者から長年撫でられてきたためか、頭部や背部などが摩耗しており、その姿が親しまれている。
 千代田区における天満宮への信仰を示す重要な資料とされる。区指定有形民俗文化財
平河天満宮について
【鎮座地】東京都千代田区平河町1-7-5
(令和3年[辛丑]1月寄稿)
  • 奥多摩町
    熊野神社
    舞台
     熊野神社の舞台は、境内へ至る参道石段を跨ぐように建てられ、神社の門としての役割も果たしている。多摩地方に現存する農村舞台の中で最も完備した形式を備えた貴重なものである。  建物は、間口12.7メートル×奥行5.5メートルの大き…
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    弁天像供養庚申塔
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    高木神社【第六天】
    山玉向島講社の碑
     山玉向島講社はかつて向島地域にあって、江戸時代後期に成立した富士講の一つである。この碑はその山玉向島講社の人々により明治31年(1898)9月に建立され、大正期には講員が100名以上であったと推定されている。  本碑には、正面…
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