ご社宝めぐり

世田谷区
松陰神社
燈籠
 松陰神社の境内には高さ九尺が2基、高さ八尺が30基、合計32基の御影石の燈籠が整然と立ち並んでいます。
 松陰先生が安政6年に亡くなられてから50年後の明治41年に松陰先生五十年祭が催行されました。これらの石燈籠は、その際に当時の長州毛利家当主である毛利元昭公をはじめ松陰先生の門下生であった伊藤博文、山縣有朋、井上馨、桂太郎などの縁故者30名と1団体から奉献されたものです。
 燈籠には奉献者の芳名が刻まれていますが、その文字は漢学者で書家の高田竹山による八分隷書体よるものであり、貴重な文化財とされています。
松陰神社について
 松陰神社のご祭神である吉田松陰先生は、安政の大獄に連座し、江戸伝馬町の獄中にて30歳の若さで刑死されました。先生は千住回向院に埋葬されましたが、改葬の声が挙がり、4年後の文久3年に門下生であった高杉晋作、伊藤博文等によって江戸時代から長州藩主毛利家の抱え地であった現在の神社所在地に改葬されました。明治15年11月門下の人々が相謀り、墓畔に神社を創建し先生の御霊を祀り、忠魂の鎮座するところとなりました。
【鎮座地】東京都世田谷区若林4-35-1
(平成22年9月寄稿)