ご社宝めぐり

中央区
鐵砲洲稲荷神社
区民有形民俗文化財
力石
 力石は、かつて若者たちが力試しや力比べで持ち上げていたもので、神社境内など人が集まるところに置かれていた。
 社殿向かって右側の力石2個は、長らく境内の木の下に埋められていたもので、昭和20年頃発見され、神社にて保存することとなった。百数十キログラムの重さで江戸時代の享保19年(1734)頃のものとされる。
 また、同社境内末社の富士浅間神社・富士塚内にも力石が埋め込まれている。石には、地元の富士講の印などが刻まれており、富士講関係の記念碑の意味も有する。
 鉄砲洲周辺の貴重な民俗資料として、平成5年4月1日、区民有形民俗文化財に境内2ヶ所の力石がそれぞれ登録された。(中央区HPの該当文化財紹介コーナー参照)
鐵砲洲稲荷神社について
 平安初期の仁明天皇の御代である承和8年(841)4月15日に創祀。当時、冷害凶作が続いており、江戸湾海岸櫻田村の住民が、宇迦之御魂の大神を祀ることにより、豊年に恵まれ、厚く崇敬された。寛永元年(1624)、現在地の鉄砲洲に遷座。江戸時代、鐵砲洲の湊が物資流通の拠点となり、船乗人の海上守護の神として広く信仰を集めた。
【鎮座地】東京都中央区湊1-6-7
(令和4年9月寄稿)