板橋区
西台天祖神社
絵馬・扁額
西台天祖神社では、板橋区の文化財として登録されている絵馬25点と扁額15点を所蔵する。絵馬の多くは「拝み図」で、崇敬者が祈願成就を祈念して奉納したものと考えられる。
「拝み図」以外にも、歌舞伎演目などの一場面を描いた「物語図」は、源義経と弁慶の物語である勧進帳を描いたものなどがあり、神話を描いた「神話図」は、神功皇后と武内宿禰を描いた絵馬などがある。他にも数多くの絵馬を所蔵しているが、なかでも特徴的なものは「井戸掘り」絵馬で、井戸掘りの描写はこの絵馬が区内唯一である。西台の井戸掘り職人による上総堀りの描写は、その技法を知るうえで産業史においても注目すべきものである。
扁額には、伊勢原の大山阿夫利神社を信仰する大山講や、伊勢神宮を崇敬する伊勢講の人々が、講の参詣記念に参加者の名前を刻んで奉納したものや、西台から日露戦争に従軍した方々の名前を刻んだ扁額などが所蔵されている。
「拝み図」以外にも、歌舞伎演目などの一場面を描いた「物語図」は、源義経と弁慶の物語である勧進帳を描いたものなどがあり、神話を描いた「神話図」は、神功皇后と武内宿禰を描いた絵馬などがある。他にも数多くの絵馬を所蔵しているが、なかでも特徴的なものは「井戸掘り」絵馬で、井戸掘りの描写はこの絵馬が区内唯一である。西台の井戸掘り職人による上総堀りの描写は、その技法を知るうえで産業史においても注目すべきものである。
扁額には、伊勢原の大山阿夫利神社を信仰する大山講や、伊勢神宮を崇敬する伊勢講の人々が、講の参詣記念に参加者の名前を刻んで奉納したものや、西台から日露戦争に従軍した方々の名前を刻んだ扁額などが所蔵されている。
西台天祖神社について
創立年月は不詳であるが、口碑によれば円墳の上に営まれた神祠と伝えられている。明治2年(1869)11月の社寺取調下安河原文書によれば「西台村十村之内、一村鎮守弐外神明神社祭神『天照皇大神』」とあるように、旧幕府時代は神明社と称されており、明治6年(1873)3月の社号改正で天祖神社となった。平成3年に総檜・神明造の御社殿を新築造営し、神域整備として玉垣を造った。
【鎮座地】東京都板橋区西台2-6-29
(令和5年7月寄稿)
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