日野市
八幡神社
市指定有形文化財
軍配団扇
この軍配は天正18年に徳川家康が関東へ入国して領内を巡検した折、当社に寄進したと伝えられている。由来書もあったが、その後亡失したという。この軍配と、これに伴っていたと思われる袱紗(ふくさ)、それに至道無難墨蹟が社宝となっている。
軍配の長さは44センチ、幅19センチ。団扇部分は皮で、漆の下地に金泥を厚く塗り、表に朱色で日を、裏は銀箔で月を表す。柄は竹を2枚合わせて漆を塗り「三葉葵」の紋が鍍金で施されており、握りには藤が巻かれている。
袱紗(60センチ×36センチ)は金襴で「三葉葵」の紋と梅花を織り出している。寸法から軍配を納めていたものと思われる。墨蹟(143センチ×42センチ)は江戸初期の妙心寺派の禅僧、至道無難の書である。
軍配の長さは44センチ、幅19センチ。団扇部分は皮で、漆の下地に金泥を厚く塗り、表に朱色で日を、裏は銀箔で月を表す。柄は竹を2枚合わせて漆を塗り「三葉葵」の紋が鍍金で施されており、握りには藤が巻かれている。
袱紗(60センチ×36センチ)は金襴で「三葉葵」の紋と梅花を織り出している。寸法から軍配を納めていたものと思われる。墨蹟(143センチ×42センチ)は江戸初期の妙心寺派の禅僧、至道無難の書である。
八幡神社について
創建年代不詳。文明10年(1478)とも、文治年間(1185~1190)に当地を領した平山季重が鎌倉鶴岡八幡宮を勧請したとの伝承もある。
【鎮座地】東京都日野市西平山1-23-1
(平成28年2月寄稿)