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| 新田義興公(にったよしおきこう) |
| 10月10日 |
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新田義興公は新田義貞公の第2子で、足利尊氏が謀反を起こしてより、父亡き後、新田一族を率いて武蔵野合戦等を始め各地に奮戦され、吉野町(南朝)の恢復に尽力をされました。そして、終始一貫その忠義を尽くされましたが、正平13年(1358年)10月10日、謀略により、多摩川の「矢口の渡」で壮烈なる最後を遂げられました。 その後、義興公の怨霊が現れたり、夜々「光り物」が矢口付近に現れて往来の人々をも悩ますようになり、そこで義興公の御霊(みたま)を鎮める為に、義興公の墳墓の前に社殿が建てられ『新田大明神』として広く崇め奉られました。 |
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