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神社Q&A
神社と神道について、皆さまのご質問にお答えしています。

祭器具

注連縄(しめなわ)にはどういう意味があるのですか
 「注連縄」は神社や神棚などに見られるように、神聖な区域に懸(か)け渡し、内と外を隔てて、不浄にふれさせないために用いられるものです。
 つまり、ここが特別な場所であることを、人々に明示するためであります。ですから、紙垂(しで)を垂らすというのも、注連縄を目立たせて、縄の所在をはっきりさせる目印なのです。
 注連縄は、その形状によって大根注連(だいこんじめ)、牛蒡注連(ごぼうじめ)といった種類がありますが、いずれも新しい藁(わら)で左綯(ひだりない)にして作ります。
 神棚に取りつける際には向かって右に太い方、左に細い方が来るようにして、これに紙垂を四垂(よたれ)はさみ込んでください。

紙垂(しで)の作り方について教えてください
 かつては麻(あさ)で穢(けがれ)を祓い清めていたようですが、のちに楮(こうぞ)(クワ科の落葉低木。 樹皮の繊維は日本紙の原料となる)から作った木綿(ゆう)(楮から採(と)った糸)や和紙(楮から作った紙)を用いるようになって、後世になると、この紙を榊(さかき)の枝に付けて清浄の証としたようです。
 この紙が、今では「紙垂」といわれるもので、素材としては奉書・美濃紙・半紙を用い、垂れる数によって二垂(ふたたれ)・三垂(みたれ)・四垂(よたれ)・・・などがあります。
 古式には白川流・吉田流があり、またそれぞれの神社でも裁(た)ち方や折り方に伝統があるものです。いずれにしても白衣を着用して身を清め、心を落ちつけて紙垂を作り上げます。
 玉串(たまぐし)や注連縄(しめなわ)などには、多くは四垂が用いられます。紙垂を注連縄にはさみ込むときは、紙垂の頭部分を小さく二つくらいに折り曲げて、縄日に等間隔にはさみ込むようにします。

榊(さかき)の語源について説明してください
 「榊」は暖地の山林に自生するツバキ科の常緑樹です。神社でのお祭りはもちろんのこと、神棚にも榊は欠かせません。 字を見てもわかるとおり、榊は「神」と「木」を合わせた字ですから、神さまに関わりがある木ということになります。
 榊の語源については諸説あり、神さまの聖域と人間世界との「堺」を示すための木、つまり「境木(さかいぎ)」が転じたという説や、「栄木(さかき)」あるいは神聖な木を意味する「賢木(さかき)」が転じたとする説があります。もともと榊は、固有の植物名ではなかったようで、のちに特定の木をさして榊と呼ぶようになったようです。地方によっては榊が生育しない所があるので、その地方では同じ常緑樹である杉・樅(もみ)・樫(かし)などを代わりに使っています。榊は紙垂を付けて玉串にしたり、神さまの依代(よりしろ)とする他に、神さまの宿る所としての神籬(ひもろぎ)に使われたりしています。このように、一年中常に青々とした緑を保つ常緑樹の枝が使用されるのは、それが神さまの、尽きることのない恩恵の証とされるからです。

地鎮祭(じちんさい)の時など、なぜ四方に竹を立てるのですか
 主として地鎮祭など、外で行われるお祭りのときに、四隅に立てられる青竹のことを「忌竹(いみだけ)」といい、「斎竹」とも書きます。
 外でお祭りを行うときには、その場所に神籬(ひもろぎ)(一般に榊(さかき)に紙垂(しで)を付けたもの)を立て、そこへお祭りにゆかりのある神さまに降臨していただきます。神さまは清浄であることを第一としますから、降臨いただく場所は、祓い清められた清浄な聖域でなくてはなりません。そのために、忌竹を立てて注連縄(しめなわ)を張り巡(めぐ)らし、聖域であることを示すのです。
 竹は日本列島に広く自生するイネ科の常緑植物です。古来から、竹の青々とした色とまっすぐに天に伸びる姿は、日本人に好まれてきました。そして、竹も榊と並んで清浄な植物のひとつとされているのです。

胴の三方に穴があるのが三方(さんぼう)、四方に穴があったら
 「三方」は神饌(しんんせん)を載せるための台で、折敷(おしき)と穴があいた台(胴)とで成り立っています。三方という名称については、穴が三方向に開いていることからつけられたとする説があり、これは通説にもなっています。ちなみに、台(胴)にあいた穴は「刳形(くりがた)」あるいは「眼象(げんしょう)」と呼ばれ、宝珠(ほうじゅ)の形に彫られていますが、穴そのものには意味がなく、一種の装飾と考えてよいでしょう。
 かつては、四方に穴の開いた「四方(しほう)」や、穴が一つも開いていない「供饗(くぎょう)」というものもありました。しかし、今日では通常三方が用いられています。
 三方には大小さまざまの種類がありますが、一般的に神棚では一台か三台使います。神棚が大きい場合や多くの神饌をお供えする場合には、五台にすることもあります。 神棚が小さい場合には、折敷を使っても差し支(つか)えありませんし、祭器具(さいきぐ)をそのままお供えしてもかまいません。ただし三方やお敷きを使う場合は、縁(へり)の継目(つぎめ)(綴じ目(とじめ))を手前に向けて置きます。

黒白の幕をお祭りに使うこともあるのですか
 平安時代から、幕は遮蔽(しゃへい)用に使用されていたようで、かつては縦縫のものを「幔(まん)」、横縫のものを「幕」と称して区別していました。しかし、実際には幕と幔とは混同されていたようです。
 現在でも、野外における行事や式典の際には、その場に幕が張られているのを見かけます。この幕の色については、紅白の幕は慶事用、黒白の幕(鯨幕(くじらまく))は凶事用とする通念が広まっていますが、実は凶事用とされている黒白の幕は、神事も含めてどんな行事にも使用できる幕なのです。ですから、古例の祭礼では今日でも使用されます。
 ちなみに、凶事の色というのは鈍色(にぶいろ:薄墨色)で、黒色はむしろ高位の色であることから尊重されたのです。

神輿(みこし)について教えてください
 「神輿」を音読みして「シンヨ」ともいいます。神輿は、祭礼にあたり神幸祭(しんこうさい)(多くの場合、年一回の例祭(れいさい)後あるいは祭礼中に行われる)に際して、御神体あるいは御霊代(みたましろ)がお乗りになる輿(こし)のことをいいます。普通は木製の黒漆塗りで、形状は四角や六角、八角などがあり、台と胴と屋根の大きく分けて三つの部分から成り立っていて、屋根の中央には鳳凰(ほうおう)または葱花(そうか)(葱(ねぎ)の花の形をした飾り)が置かれています。担ぎ方などは地方により少しずつ異なり、それがまた祭礼の大きな特色にもなっています。
 古い文献を調べると、『本朝世紀』天慶八年(九四五)七月の「摂津国言上解文」にすでに見えています。現存する最古の神輿は、鎌倉時代初期に造られた誉田(ごんだ)八幡宮(大阪府)所蔵の金銅装様式風のお宮造り神輿で、風変わりな神輿としては、里芋の茎で神輿の屋根を葺き、いろいろな野菜、花などで飾った瑞饋(ずいき)神輿(北野天満宮)があります。

かついだ神輿(みこし)を揺り動かすのはなぜですか
 神社で神輿を用いるのは、祭礼にあたっての神幸祭(しんこうさい)のときです。 神幸とは、御神体が本社から御旅所(おたびしょ)(神幸の中継地および目的地となる所、本社や御祭神に由緒のある場所が選ばれる)に渡御(とぎょ)することをいいます。このとき、氏子たちが神輿をかついで各地区を練り歩きますが、そうすることで神さまに各地区をご覧いただくのです。
 神幸の途中、神輿を上下左右に振り動かしたりして、わざと荒々しく扱うことがあります。 これは神輿に坐す神さまの「魂振(たまふ)り」で、これにより神さまの霊威を高め、豊作や豊漁、疫病(えきびょう)の退散がなると信仰されているのです。また、海や川に神輿を入れることもありますが、この場合は一種の禊(みそぎ)神事と考えられています。

神輿(みこし)は神霊の乗り物といわれますが、山車(だし)はどうなのですか
 「山車」というのは、祭礼のときに人々が引いて歩く、いろいろな飾り物を付けた車のことです。車上には、鉾(ほこ)(もろ刃の剣に柄をつけたもの)や人形の他に、松や杉などの木が飾られますが、これらは神さまの依代(よりしろ)として用いられているのです。ですから、山車は神輿と同じように、神霊の乗り物であるということができます。
 山車は、地方によって形が変わるとともに、いろいろな呼び方をされています。 ちなみに、関東では「山車」または「屋台(やたい)」、関西では「山車」または「壇尻(だんじり)」と呼ばれています。 さまざまな形の山車が、たくさん出る祭礼として有名なものに、京都の祇園(ぎおん)祭りや岐阜の高山の山王(さんのう)祭りなどがあります。 祇園祭では、山車は「山鉾(やまぼこ)」と呼ばれ、車上には鉾や長刀(なぎなた)を立てたものが市中を巡ります。

家に家紋(かもん)があるように神社にも特定の紋があるのですか
 神社の紋章を「神紋(しんもん)」といいます。そもそも紋章は、平安時代に公家社会において、衣服や日常用いる道具、牛車などに好みの模様を用いたことに始まるといわれています。それがのちに家紋や神紋となりました。
 神紋が、いつ頃から発生したかは明らかではありませんが、家紋の発生とほぼ同時期と考えられています。平安時代の末には、一部の神社で神紋が用いられただけでしたが、鎌倉時代になると、多くの神社で用いられるようになりました。
 神紋は御祭神に関係のある伝承や鎮座地、社名などによって定められます。神紋の中で代表的なのが、巴紋(ともえもん)といわれる八幡宮(はちまんぐう)などの神紋ですが、数の多さでは稲荷(いなり)神社の稲紋(いねもん)がよく知られています。

五色絹(ごしきぎぬ)の五色の色は何を表しているのですか
 五色絹の「五色」は、古代中国に成立した「五行説(ごぎょうせつ)」という学説に由来します。 五行説とは木・火・土・金・水の五つの要素により万物が組成され、自然現象や人事現象の全てを解釈し説明するものです。その説にのっとって木・火・土・金・水を色で表現すると、木の色は青、火の色は赤、土の色は黄、金の色は白、水の色は黒となります。土の色が黄となる理由としては、中国の大地の色が黄色であるからともいわれていますが、色の無い水の色に黒をあてるのは少し無理があるように思われます。
 いづれにしても、神前の真榊(まさかき)や上棟祭(じょうとうさい)の折に使用する吹き流しの五色の絹は、天地万物を組成している五つの要素、木・火・土・金・水を意味しているのです。

四神旗(ししんき)はどういう順番に並べたらいいのですか
 四神とは四方の神、すなわち東の青龍(せいりゅう)、西の白虎(びゃっこ)、南の朱雀(すざく)、北の玄武(げんぶ)をいい、高松塚の古墳の壁画にも見られます。
 昔、朝廷で元旦朝賀(ちょうが)・即位礼などの折りに威儀をととのえるため、大極殿(だいごくでん)または紫宸殿(ししんでん)の庭に、四神を描いた四つの仗旗(じょうき)が立てられました。 これを四神旗といいますが、ご社殿などに飾る場合は、青龍は東北(春・朝を表す)に、朱雀は東南(夏・正午を表す)に、白虎は南西(秋・午後を表す)玄武は北西(冬・夜を表す)に立てます。一列に並べるときは、社殿に向かって右から、青龍・朱雀・白虎・玄武の順に正中(せいちゅう)をあけて並べます。

神職(しんしょく)が笏(しゃく)を持っているのはなぜですか
 今では、「笏」を持つことは神職に限られていて、神職には欠かすことのできない持ち物の一つとなっています。しかし、かつては官位ある人であれば、儀礼用の服装をするときに、必ずこの笏を持ったものです。
 笏は、欽明天皇の頃(六世紀)に、中国から伝来したといわれており、中国においては、役人が君命の内容を、忘れないように書いておくための板であったようです。日本においては、君前での備忘のため、笏に必要事項を書き記した紙(笏紙(しゃくがみ))を、裏面に貼って用いていました。のちには重要な儀式や神事に際し、笏を持つ人のその姿勢や、さらには心を正すための持ち物となったのです。
 かつては、象牙製の牙笏(げしゃく)もあったようですが、今はすべて櫟(いちい)・椎(しい)・樫(かし)などでつくられた、木製の木笏(もくしゃく)を使っています。
 ところで、笏という字ですが、辞書で引くと「コツ」という読みに(音読み)になっていて、「シャク」ではありません。これについては、「コツ」では骨に通じることからよくないとされた説と、笏の長さが約一尺であることから「シャク」とされたとの説があります。

巫女(みこ)さんの装束について教えてください
 普通巫女さんは、白衣に緋袴(ひばかま)(赤い袴)を着ています。お祭りの時など舞を舞って神さまにご覧いただくときには、略式では左のような千早を着て、花簪(花がついたかんざし)を頭に付けます。手には、五色絹がついた鉾先舞鈴・神楽鈴、また桧扇や舞扇を持ちます。神主さんと同じように、舞の正装もあります。小忌衣・袙・単・裳・緋袴を身につけます。